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星の下の人

それが本当に起きたことなのか、
ただの感覚なのか。

確かめようのない記憶が、
私たちの中には、静かに残っています。

こうした感覚は、
決して特別な人だけのものではありません。

子どもたちの語りや、
大人になってからふとよみがえる感覚の中に、
似た響きを見つける人が、世界中にいます。

このページでは、

そうした体験や声を手がかりに、

「胎内記憶」という視点について、

少しずつ言葉を添えていきます。

もし、この感覚に意味があるとしたら──そう問い続けてきた人たちがいます。

マザー・ドーター・ポートレイト

問いとしての胎内記憶

理由はわからないけれど、どこか懐かしい感覚が心に残っている。

ことばになる前の気配や、説明できない安心感、不思議な確信のようなもの。

そうした感覚は、生まれる前の時間とつながっているのかもしれない──
そんな問いが、静かに立ち上がってきます。

母の胎内で過ごした時間や、生まれる直前の出来事、
あるいは「生まれてくる前に、どこにいたのか」を語る子どもたち。

それらの声を通して、「胎内記憶」という考え方が少しずつ言葉になってきました。

日本をはじめ世界各地で、医師や心理学者、研究者たちがこの現象に耳を傾け、親子の絆や、人間の意識のあり方との関わりを探究しています。

胎内記憶は科学と心の領域のあいだに静かに橋をかけ、「命のはじまり」を、もう一度見つめ直すためのひとつの視点を私たちに差し出しています。

胎内記憶とは──ことばになる前の記憶

胎内記憶とは、幼い子どもたちがふとした会話の中で語る、「母の胎内にいたときの感覚」や「生まれる前の出来事にまつわる記憶」を指す言葉です。それらは、多くの場合、2〜4歳頃の子どもによって自然に語られ、成長とともに記憶の奥底へとそっと沈んでいくといわれています。

この現象に注目し、1980年代以降、世界各国で医師や心理学者、助産師などが、子どもたちの語りを記録し、研究を重ねてきました。

胎内で感じたぬくもりや音、母親の感情の気配、そして生まれる瞬間の光景などが語られることがあります。

 

ときには、「生まれる前にいた場所」や「この親を選んだ理由」といった、科学だけでは説明しきれない内容が含まれることもあります。

胎内記憶は、不思議な体験談として語られるものではなく、胎児期の環境・母子の心理的なつながり、そして人間の意識や記憶の可能性を静かに問い直す手がかりとして、注目されています。

胎内記憶で語られているもの──生まれる前の体験

胎内記憶として語られる体験の多くは、お母さんのおなかの中で感じていた世界や、生まれてくる前後の出来事に関するものです。たとえば子どもたちの語りには、
 

  • おなかの中で見ていた色や光の感覚

  • 温度や圧迫感、へその緒・胎盤の感触の記憶

  • 外から聞こえていた音や声

  • 兄弟姉妹との不思議なやり取り

  • 出産の瞬間や、生まれるタイミングの記憶

…といったものが含まれます。

多くの場合、そこには、母の胎内で感じていた温かさややわらかな浮遊感、外から届く光や音、母親の声や心拍のリズムといった「からだで受け取っていた世界」が含まれています。さらに、母親が喜んでいたときの安心感や、不安を抱えていたときの緊張感を「気持ちとして覚えている」と語る子どももいます。

 

また、誕生の瞬間の光や産声の響き、身体が外の世界へ押し出されていく感覚を語るケースや、「生まれる前にいた場所」や「この家族を選んだ理由」に触れる言葉が聞かれることもあります。中には、妊娠中に父親が奏でていた楽器の音を覚えていて「おなかの中でその音を聞いていた」と語る子どもや、家庭で流れていた英会話や音楽の響きを聞き分けていたと話す例も報告されています。

こうした語りは、単なる不思議な逸話として扱われるだけでなく、多くの臨床家や研究者が関心を寄せてきた現象でもあります。

 

胎内記憶という言葉が広く知られるようになった背景には、産婦人科医・池川明博士の長年の臨床経験と研究があります。博士は約4,000件ものお産に立ち会う中で、子どもたちが語る記憶に耳を傾け続け、その発言や体験談を丁寧に記録してきました。

 

ある子どもは「お母さんのおなかの中で、温かい光の中をふわふわ浮いていた」と語り、また別の子どもは「生まれる前に外から聞こえてきた音を覚えている」と言葉にしました。

 

それらの体験が示す胎内期の感覚や親子のつながりの記憶には、人間の意識や誕生の意味を見つめ直すための手がかりがあるのではないか——博士はそう感じ、1999年以降、本格的に研究を進め、学会発表や論文、講演、書籍、映画などを通して、胎内記憶の存在とその意義を社会に伝え続けてきました。

池川博士が出会ってきた子どもたちの言葉には、胎内での体験や誕生の瞬間の記憶が、驚くほど鮮やかに映し出されています。これらの語りは単なる不思議な体験談にとどまらず、親子の絆や子どもの心の成長、そして家庭や社会の在り方にも深く関わる、大切な示唆を含んでいます。

 

ここからは、博士が胎内記憶の研究を通して見出した「こころの教育」への気づきを、博士自身の視点とともにご紹介します。

胎内記憶からこころの教育へ

 

もともと私は、精神世界やスピリチュアルな話題に関心がある方ではありませんでした。むしろ民話や昔話に登場するような、自然界への畏敬や素朴な祈りの心を信じていました。

産婦人科の現場では、最優先となるのは母と子の安全であり、出産そのものを安全に管理することです。けれど、小さな助産院で長年にわたり親子と関わるなかで、私は次第に問い始めるようになりました——生まれてきた子どもは、その後、どのように心を育てていくのだろうか、と。

そんな折に出会ったのが「胎内記憶」でした。子どもたちが語る体験は、私に深い驚きと気づきをもたらしました。たとえば、小学一年生の男の子が作文にこう書いていました。

「お母さんのおなかにいたら、白い服を着た人に足をつかまれて袋(子宮)から出された」

通常の帝王切開では赤ちゃんは頭から取り出されますが、逆子の場合は足から引き出されることがあります。その事実を、母親でさえ知らなかったにもかかわらず、どうして子どもがその感覚を覚えていたのでしょうか。


さらに彼は「鼻にゴムを通されて苦しかった」とも書いていました。それは医療的な処置として羊水を吸引した瞬間でしたが、子どもの記憶の中には「苦しさ」として刻まれていたのです。

こうした体験に触れるなかで、私は気づきました。赤ちゃんはおなかの中にいる時からすでに意識を持ち、周囲の声や気持ちを受け止めているのではないか――と。

この気づきは、やがて私の関心を「こころの教育」へと導いていきました。もし赤ちゃんが胎内のうちから安心や愛情を感じ取っているのだとすれば、家庭で育まれる温かさこそが、最初の教育になるのではないか。そこに安らぎがあれば、子どもはのびやかに成長し、やがて人を思いやり、平和をつくる存在へと育っていくのではないか——。

胎内記憶が教えてくれることは、「赤ちゃんは覚えている」という事実だけではありません。

それは、親と子がどのようにつながり、家庭がどのように愛を育てていくか、そして私たちの社会がどのように平和を形づくっていくかという問いへと、静かに広がっていきます。

 

こうした視点から、私は胎内記憶の研究と発表を続けてきました。

胎内記憶の探求は、私一人の研究にとどまりません。宗教思想や医学古典、文学、転生記録、心理学の初期理論――多様な文化と学問の交差点で、長い時間をかけて育まれてきました。

胎児期の体験は、どのように理解され、語られてきたのか。その歴史を振り返ることで、今の研究の位置づけが、より深く見えてきます。

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