
こころは、生まれてから育つものだと思われがちです。
けれど、もしそのはじまりが、
生まれる前からすでに始まっているとしたら—
私たちは「育つ」ということを、
どのように捉え直すことになるでしょうか。

胎内記憶がひらく視点
「胎内記憶」と呼ばれる子どもたちの語りに触れると、
いくつもの問いが浮かんできます。
人は、いつから経験するのでしょうか。
いつから感じ、
いつから周囲との関係を感じ取るのでしょうか。
そして、人のこころは、
いつから育ちはじめるのでしょうか。
胎内記憶という現象をどう理解するかについては、
さまざまな考え方があります。
ClearMindがここで大切にしているのは、
一つの答えを出すことではありません。
この問いを手がかりに、
人の育ちそのものについて考えてみることです。
私たちは、人の育ちを考えるとき、
生まれてからの環境や経験に目を向けることが多いでしょう。
家庭でどのように育ったのか。
どのような人と出会ったのか。
どのような言葉をかけられたのか。
そうした経験が、人の成長に関わることは、
さまざまな分野から研究されています。
では、生まれる前の時期はどうでしょうか。
妊娠期には、身体だけでなく、
胎児を取り巻く環境も大きく変化しています。
母体を通じた環境との関わりや、
出生に向けた親子の関係。
そうした「生まれる前の時間」も含めて
人の育ちを考えてみると、
これまでとは少し違った景色が見えてくるかもしれません。
胎内記憶から、親子の関係を考える
胎内記憶をめぐるストーリーには、
胎内での感覚や出生時の体験だけでなく、
母親との関係について語るものもあります。
こうした語りを、どのように受け取るのか。
それは一人ひとりの経験や考え方によっても異なります。
ただ、そこから考えられることがあります。
親子の関係は、言葉を交わすようになってから始まるのでしょうか。
あるいは、もっと早い段階から、
何らかの関わりが始まっているのでしょうか。
この問いは、胎内記憶だけにとどまりません。
妊娠期の親の心身の状態、
出産への準備、
赤ちゃんとの関係をどのように感じるか。
さまざまな視点から、「親子のはじまり」を考えることができます。

池川明博士が投げかけた問い

産婦人科医・池川明博士は、
長年の産科医療の現場で、
子どもたちが語る「生まれる前の記憶」に触れてきました。
その経験から、胎児や赤ちゃんを、
まだ何も分からない存在としてではなく、
すでに何かを感じ、周囲との関係の中にある存在として捉える視点を示してきました。
そこから生まれた問いの一つが、
赤ちゃんは、おなかの中にいるときから、
何かを感じ取っているのではないか。
というものです。
この問いに対する答えを、
ここで決める必要はありません。
むしろ、この問いを持つことで、
妊娠期や出生前の時間を、
人の育ちの一部として見つめ直すことができます。
「教育」は、いつから始まるのでしょうか
教育というと、
学校で教えることや、
親が子どもに何かを伝えることを思い浮かべるかもしれません。
けれど、人は生まれてから、
周囲の人との関わりや環境の中で、
少しずつ世界を知っていきます。
家庭の空気。
親のまなざし。
声やことば。
触れられる感覚。
人との関わり。
こうした日々の経験もまた、
人が世界と出会っていく最初の環境の一部です。
そう考えると、教育を「教えること」だけではなく、
人がどのような環境の中で育ち、
どのように世界と出会っていくのかを考えることとして捉えることもできます。
それが、ClearMindが考える「こころの教育」への一つの入口です。
いのちのはじまりから、人の育ちを考える
胎内記憶という一つの問いから、
人の意識、親子の関係、
そして人の育ちや教育へ。
問いをたどっていくと、
「人はいつから人として育ちはじめるのか」という、
より大きなテーマへとつながっていきます。
ClearMindでは、
胎内記憶を一つの結論としてではなく、
いのちのはじまりから人の育ちを考えるための
一つの視点として捉えています。
科学的に確立されている知見と、
現在も議論や探究が続いているテーマ。
その両方を区別しながら、
人の育ちと教育について考えていく。
そこから、これからの「こころの教育」を考えるための
新しい問いが生まれてくるのかもしれません。
「生まれる前から人を考える」という視点は、
これまでどのように捉えられてきたのでしょうか。
医学や心理学、そしてさまざまな文化の中で、
いのちのはじまりはどのように考えられてきたのか。
その歩みをたどることで、
私たちが「人のはじまり」や「育つ」ということを
どのように考えてきたのかが見えてきます。
