

「胎内記憶」と聞いて、
少し不思議に感じる方もいるかもしれません。
本当にそんなことがあるのか。
思い込みや想像ではないのか。
そう感じるのは、とても自然なことです。

ただ、その感覚の奥に、
何かが引っかかるとしたらー
私たちは普段、「思い出せること」だけを
記憶だと考えていないでしょうか。
私たちは思い出せることだけを「記憶」と呼んでいるのかもしれません。
けれど、言葉になる前の体験も、感覚として残り続けている可能性が、近年の研究からも示されています。
ここで、少しだけ立ち止まってみてください。
目を閉じて、ゆっくり呼吸をひとつ。
はっきりと思い出せなくてもかまいません。
ただ、言葉になる前の、
どこか懐かしいような感覚があるとしたら―
それは、どんな質感でしょうか。
あたたかさ、静けさ、安心感。
あるいは、何も浮かばないという感覚も、
そのまま大切にしてみてください。
「ママのおなかの中、あったかかったよ」
ある日、3歳の子どもが、そう言いました。
どうして、そのことを覚えているのでしょうか。
おなかの中にいたときのこと。
生まれる瞬間のこと。
ときには、どうしてこの家族を選んだのかまで。
これらに似たストーリーは、ほかの子どもたちからも聞かれています。こうした体験は、近年「胎内記憶」と呼ばれるようになりました。

ここに並べるのは、誰かが語ってくれた「体験の断片」です。
それは説明できる記憶ではなく、その人の中に残っていた『感覚のかけら』
守られていた、というより
受け入れられていた感じ。
何もしなくても、
そこにいてよかった時間。
やわらかい光の中で、
ただ、漂っていたような感覚…
何かを考える前に、安心していた記憶。
目を閉じると、
外の世界とは違う静けさがあった気がする。
音がないのに、
ひとりではなかったような感覚。
生まれる前のことを
思い出したわけではない。
ただ、その感覚だけが
今も、体のどこかに残っている。
理由も場面も思い出せないのに、
ある匂いにふれた瞬間、
胸の奥が満たされる感覚だけが残っている。
それが、いつの記憶なのかは分からない。
子どもたちが語った感覚や印象をもとに、
ひとつのイメージとして映像にしたものです。
もしよければ、意味を考えようとせずに、
そのまま受け取ってみてください。

どのように感じられたでしょうか。
ほんのわずかでも、
からだのどこかに残る感覚があれば、
そのまま大切にしてみてください。
あたたかさや、ひろがり、
あるいは言葉にならない静けさ。
はっきりしなくても大丈夫です。
ただ、いまここにある感覚に、
そっと気づいてみてください。
どう受け取るかは、人それぞれです。
けれども、こうした感覚や語りは、
世界各地で静かに報告され続けているものでもあります。
では、これらの体験は、
どのように語られているのでしょうか。
実際に子どもたちの言葉として残されているものには、
どのような特徴があるのでしょうか。
もし、もう少し具体的に知りたいと感じたら、
子どもたちが実際に語った言葉を見てみてください。
