

「胎内記憶」と聞いて、
少し不思議に感じる方もいるかもしれません。
本当にそんなことがあるのか。
思い込みや想像ではないのか。
そう感じるのは、とても自然なことだと思います。
私たちは普段「思い出せること」を
記憶として捉えることが多いからです。

けれど、人の経験には、
言葉や出来事としては思い出せなくても、
感覚や印象として残っているものもあります。
ある場所の匂い。
誰かの声。
ふとした音や触れた感覚。
理由は分からないのに、
なぜか懐かしく感じることもあります。
では、記憶とは何なのでしょうか。
そして、人はまだ言葉を持たない時期の経験を、
どのようなかたちで残しているのでしょうか。
「胎内記憶」という問い
「ママのおなかの中、あったかかったよ」
ある日、子どもがそう話したとしたら、
私たちはその言葉をどのように受け取るでしょうか。
おなかの中にいたときのこと。
生まれるときのこと。
ときには、生まれる前の出来事について語る子どももいます。
こうした子どもたちの語りは、
日本では「胎内記憶」と呼ばれてきました。
その語りを、実際の記憶として理解するのか、
想像や後から得た情報など、別の可能性を考えるのか。
その理解については、さまざまな議論があります。
ClearMindでは、胎内記憶を一つの結論としてではなく、
人の記憶や意識のはじまりを考えるための
一つの問いとして見つめています。

ここに紹介するのは、
子どもたちが語った体験や、
そこから生まれた「感覚」のイメージです。
それを、何かの証明としてではなく、
一つひとつの語りとして受け取ってみてください。
守られていた、というより
受け入れられていた感じ。
何もしなくても、
そこにいてよかった時間。
やわらかい光の中で、
ただ、漂っていたような感覚…
何かを考える前に、安心していた記憶。
目を閉じると、
外の世界とは違う静けさがあった気がする。
音がないのに、
ひとりではなかったような感覚。
生まれる前のことを
思い出したわけではない。
ただ、その感覚だけが
今も、体のどこかに残っている。
理由も場面も思い出せないのに、
ある匂いにふれた瞬間、
胸の奥が満たされる感覚だけが残っている。
それが、いつの記憶なのかは分からない。
子どもたちが語った感覚や印象をもとに、
「生まれる前」を一つのイメージとして映像にしたものです。
これは、胎内での体験を再現したものではありません。
言葉になる前の感覚を、
一つの表現として受け取ってみてください。
そのまま受け取ってみてください。

私たちは、自分が覚えていることだけで
できているのでしょうか。
言葉になる前の経験。
身体に残る感覚。
人との関係の中で育まれる印象。
そして、自分でも理由を説明できない
「なぜか」という感覚。
こうしたものを見つめていくと、
人の記憶や意識について、
まだ考えてみたい問いが残されています。
胎内記憶についても、
さまざまな語りや実践がある一方で、
その意味や成り立ちについては、
これからも探究していく必要があります。
ClearMindでは、
答えを急ぐのではなく、
一つひとつの語りに耳を傾けながら、
「人はいつから経験し、感じ、記憶するのか」
という問いを考えていきます。
実際に子どもたちから語られてきた
胎内や生まれる前の体験には、
どのような特徴があるのでしょうか。
その語りを知ることで、
「胎内記憶」というテーマを
もう少し具体的に見つめることができます。
